양의 무리(羊の群れ)No.8 / 日本基督教団 千代田教会 2004 年8 月29 日
일본 유학을 마치고 귀국 직전 다니던 동경 치요다교회에서 마지막 송별인사를 했지요.
인사말을 교회측에서 기록으로 남겨주었습니다.
日本留学を終え、通っていた千代田教会にて送別会がありました。
わが家族のあいさつを記録に残してくれました。
教会の皆様に心から感謝いたします。
羊の群 No.8 / 2004 年8 月29 日
日本基督教団 千代田教会 名誉牧師 松野俊一 牧師 四竃 揚
〒160-0002 東京都 新宿区 坂町10 Tel & Fax 03-3351-4489
8 月15 日、定例祈祷会で
さんの選んだ聖句はコリント13:13、讃美歌はⅠ編の312 番と461 番でした。金
銀子(キム・ウンジャ)夫人の祈祷が韓国語でなされ、崔さんが通訳されました。
引き続いて、崔さんご一家を送る会が持8たれました。司会永松信行さん。梅本順子
さんの奏楽で、讃美歌Ⅰ-30 番を歌い、鈴木志津恵さんの食前祈祷ののち、恭子夫人
作の散らし寿司、お吸い物の愛餐会。デザートの西瓜を石井房恵さんが絶妙の大きさ
に切り分けてくださいました。
松野俊一名誉牧師の餞の言葉、荒井眞さん、橋本悠久子さん、萩原好子さんのスピ
ーチののち、
ム・ウンジャ)夫人、
ました。讃美歌21-81 番「マラナタ」を歌い、四竃掦先生の送別の辞と祈祷で会を閉
じました。(永松信行記)
日本留学、豊かな主の御恵み
私が日本にはじめて訪れたのは、1993 年日韓自治体の人事交流の一環として8ヶ月間鳥取県で研修を受けたときのことです。
以来10年間、日本語を修得し、日韓の国際交流分野で働きながらいつも夢みていたのが日本留学でありましたが、2002年9月から2年間、桜美林大学で国際観光を研究する機会があり、家族を連れて来日しました。
我が家族にとって、この2年間は、主の御守りの中で健康と信仰を守り、日本語と日本での生活を体験することのできた大変実り多い期間でありました。これは「感謝」以外に他の言葉が見つからないほど、豊かな神様の御恵みではないかと思います。
一昨年、千代田教会の壮年会で「韓国人から見た日本」というテーマで皆様と意見を交わしたこと、去年のクリスマスの記念礼拝では、家族みんなが韓国語で「ノエル」を賛美したのはとてもよい思い出となりました。
また、大学では2年間の研究成果が認められ、修了することができたことと、四竃牧師と松野名誉牧師のすばらしい説教をもとに日本語の聖書を学ぶことのできたことは大変意義深く思っています。
日本の教会は「聖書」、韓国の教会は「祈祷」、台湾の教会は「賛美」が中心であると
お話を聴いたことがありますが、まさに日本の教会では聖書研究が進んでいると改め
て感じました。
私は韓国に帰りますが、千代田教会の皆様との交わりとご縁はこれからも大事にしていきたいと思います。
わが家族が住んでいる江原道春川(チュンチョン)市はソウルから東方面に特急列
車で1時間40 分の距離にありますが、最近、テレビドラマ「冬のソナタ」のロケ地とし
て日本からの多くの観光客が訪れています。
もし、韓国においでの機会がありましたら、是非、春川にも足を伸ばしていただければ
と思います。2年間大変お世話になりました。
「平和の灯火」を思う
いつも我らのそばにいて、すべてを守ってくださる神様に感謝いたします。
また、我が家族をあたたかく迎えてくださった千代田教会の四竃牧師ご夫妻をはじめ
とする教会員の皆様に心よりお礼申し上げます。
千代田教会では、我が家族のためにハングルの聖書を備えてくださいましたが、私
はその聖書を見た瞬間、とても嬉しくて、この上ない幸せを感じました。そのハング
ル聖書は、私にとって、日本語の勉強はもちろん、日本での信仰生活に大きな力とな
りました。時には、日本語が話せなくて失敗したこともあり、間違って話してしまっ
たことを後悔したこともありますが、いたらない私にいつも親切にしていただいた皆
様に改めて感謝を申し上げたいと思います。
この2年間を振り返ってみますと、私は主婦として夫や子供たちの健康を守り、子供たちが学校で適応するように育てることを最優先にしていました。また、日本は物価が高い国ですが、家計を何とかやりくりしました。どの国でも節約しながら生活の知恵を発揮すれば克服できるのではと思います。
生まれてはじめてひどい風邪を引き、東京女子医大の救急室に運ばれたことがあり、お医者さんと看護婦さんの皆さんがとても親切にしてくれたことが思い出されます。
そのほか、韓国では北朝鮮からの脅威を感じますが、日本では「地震」が一番怖かったと思います。
また、日本の各地へ旅行する機会がありましたが、そのなかでも「広島」が一番記憶に残っており、今でも広島平和記念公園の「平和の灯火」が目に前に浮かびます。
韓国に帰ったら、教会の早朝祈祷会に毎日出席し、世界の平和のために神様にお祈りしたいと思っています。
最後に、千代田教会の上に神様の御恵みがありますように、四竃牧師をはじめとする皆様のご健康をお祈りいたします。ありがとうございました。
お世話になりました
日本に来て迎える2回目の夏です。2002 年8 月29 日、成田空港に降り、湿気のすごい日本の蒸し暑さにびっくりした時から、そんな暑さを平気に受け入れられる今の私になるまで、2 年という、長くて短い時間がたちました。
この2 年間、色々とありましたが、一番嬉しく思っているのは、日本語でろくに一言も話せなかった私が、今では日本の友達と楽しく会話ができるようになったことです。それに、韓国ではかじったこともなかったパソコンを勉強させていただき、とても嬉しかったです。
そして、社会経験の一つもなかった私がパートタイムのバイトまでできるようになったことなど、私にとってこの2 年はとても意味のある時間でありました。
しかし、そういういろんな経験や上達は、私自身が一人で頑張ったからできたものではありません。不可能だったことを可能にさせるために必要だったのは、個人ひとりの努力だけではなく、いつも私たちを見守ってくださる神様の御恵みがあったからこそできたことと思います。
また、千代田教会の皆さんは、言葉の違い、文化の違いを超えて、互いを愛し合う兄弟のように、私に大きな力となってくださいました。
2 週間後、私は韓国に帰りますが、私の心はいつも千代田教会に残り、毎週日曜日になると教会の礼拝に出席して、今までと同じく皆さんと一緒に神様を賛美しながらお祈りしたいと思います。いつまでも、どこにいても、今のようのようにみんなと同じ気持ちで同じ心で神様を賛美しましょう!
今までいろいろお世話になりました。有難うございました。
日本で感じたこと
2 年前、日本に来たときも今日みたいにスッゴク暑かったです。私が韓国で住んでいた春川と比べて、暑くて暑すぎて、もう、たまりませんでした。
でも、この環境にもやっとなれましたが、また、韓国に戻らなければなりません。この2 年間本当の日本を学ぶことができて、とてもうれしいです。
最初は、見慣れない環境に寂しかったり、早く韓国に戻りたかったりする日でいっぱいでした。
学校では、生徒はみんな韓国人だったので、何の問題もありませんでしたが、ちょっと外に出れば、みんな私と違う国籍を持った人々だという思いで、違和感もありました。でも、いろんな所を旅行したり、遊びに行ったりして、私はちょっとずつ日本が好きになりました。面白くて見所のいっぱいある国だなーって思ったのです。
服とかアクセサリーとかもすごくかわいくて、街に出るとカッコイイ人とかおしゃれな人たちでいっぱいでした。それで、私もあんな風になりたいとか、やりたいと思って、自然に日本語も習うようになりました。
それで今は韓国に戻りたくないぐらい日本が好きになっちゃいました。韓国に帰っても、日本のみなさまの自然を大切にすることや、大人になっても童心を持ち続ける、心優しさは忘れられないと思います。
この2 年間、本当にありがとうございました。
編集後記
8 号も盛りだくさんの記事。お手紙ありがとうございました。崔さん御一家の皆さん、お元気で。交わり感謝です。(橋本)__